ちがさき丸ごと博物館

厄神大神の石碑

名称 厄神大神の石碑 別名
所在地 下町屋・松尾
概要 市内には、厄神大神の石碑が2基あります。1つは下町屋の神明神社境内にあり、高さは117センチで、三段の台石に唐破風をのせた立派なものです。表面に「厄神大権化」、左側面に「天下泰平 国土安穏」と記され、嘉永2年(1849年)正月に、世話人5人と23人の信者によって建立されたとあります。もう1つは、松尾の神明神社境内にあります。明治22年(1889年)建立され、「浜川神社 厄神大神」の文字と、世話人2人の名が記されています。厄神信仰は、江戸時代の天保年間(1830〜44年)に江戸に住んでいたと思われる修行者の了善が始めたもので、東京都品川区大井町にある浜川神社を本部としています。市内では、かつて萩園・烏井戸・松尾・下町屋・柳島・下赤羽根に熱心な信者がいて、講をつくって信仰していました。これらの講では、毎月23日に回り番の講員の家(宿)に集まり、「八十八社の厄神大神」と唱えました。これを信じることにより、悪い風邪が流行しない、泥棒も入らないとされていました。萩園では「巡り浜川さん」といい、ほかでは「厄神講」といっていました。講中では、正月・5月・9月に代表者が浜川神社へ参詣し、お礼をもらって帰り(これを「代参」という)講員に配りました。第二次世界大戦を境に、下町屋・下赤羽根・烏井戸は厄神講をやめてしまいました。しかし、萩園・柳島・松尾では、昭和50年代にはお年寄りによって行われ、浜川神社への代参も萩園と柳島の南町で行っていました。この信仰は、東京都・神奈川県・千葉県に存在し、一地方的な信仰です。碑は市内に2基しかなく、他の市町村にもあまりないものと思われます。
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