ちがさき丸ごと博物館

山の神碑

名称 山の神碑 別名
所在地 堤4318
概要 浄見寺裏手にある民俗資料館旧三橋家の東側に、自然石でつくられた「山神社」という銘文の碑があります。これは、山の神を祭った碑だと考えられます。この「山の神」には、2つの種類があったようです。1つは、山の恩恵に浴した生産を営んでいた人々が信仰する山の神です。狩人・マタギなどが信仰した"動物の主"としての山の神、きこり・木挽(こびき)・木地(きじ)師(し)などが信仰した"樹木の所有者"としての山の神、鉱石などを掘る人々が信仰する"鉱物の管理者"としての山の神、などがありました。もう1つは、里地の農民の信仰する山の神で、農作期に山から降りて、田の神になって農作を守り、秋の収穫が終わって再び山に帰って山の神になる、といったように、山と田を去来する神を考えられていました。しかし、茅ヶ崎では、田の神に関した話も農耕儀礼も行われていません。堤にある山の神碑は、「明治二十六年巳二月十七日」と記年銘があり、台石に講中12人の名が刻んであります。市内ではこの碑1基だけで、講の様子の記録もなく、調べるすべもありません。藤沢で山の神を祭る所では、1月、または2月17日に祭るところが多く、この祭りは、山の所有者やきこり・炭焼きなどの山仕事に関係している講中、個人で行われていると『藤沢市史(民俗編)』に記されています。堤の「山神社」の建立の銘にも2月17日とあり、藤沢の山の神の祭日と関連があるように思われます。また、文化資料館には、山仕事に使われた大きなのこぎりなどの道具が寄贈されています。茅ヶ崎の北部には、木挽、炭焼きなどの携わっていた人が住み、その人々が講中を持ち、山の神を信仰していたのでしょう。
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