ちがさき丸ごと博物館

山宮藤吉

名称 山宮藤吉 別名
所在地 萩園1719
概要 三島神社の鳥居の左手には、「山宮藤吉翁之碑」(昭和42年:1967)が建っています。山宮藤吉(1862〜1933)は、萩園の旧家に生まれ、31歳で鶴嶺村長となりました。その後、県議に当選、衆議院議員を3期務め、晩年は郷土政界の長老として後進の指導にあたりました。
山宮藤吉は茅ヶ崎を地盤とした代議士です。明治17年(1884)今宿村他十か村戸長役場書記となり、その後鶴嶺村長として相模川、小出川、千ノ川の治水に取り組みました。藤吉が中央政界へ進出するきっかけとなったのは、明治26年(1893)7月の県会議員選挙への立候補でした。結局選挙は落選に終わり、藤吉が政争に明け暮れる政治への疑問と、理想選挙を主張し続けたのも、この時の選挙から得た教訓でした。その後県会議員に初当選し、国政選挙に初めて立候補したのは、明治43年(1910)12月の衆議院議員補欠選挙でした。その時は落選しましたが、同45年の選挙で当選、その後落選もありましたが昭和3年まで代議士を務めました。
藤吉は書道も堪能で、浄見寺にある大岡忠相公頌徳碑の書も彼が記したものです。



茅ヶ崎ゆかりの人物誌   郷土史学習グループ 一樹会   (根)
[ちがさき丸ごと博物館ガイドブック(文化財編)  ぶらり散歩 郷土再発見  (根)]
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