ちがさき丸ごと博物館

尋常小学校

名称 尋常小学校 別名
所在地
概要 昭和の初めごろまで、小学校は尋常高等小学校といわれ、義務教育六年間の尋常科と二年間の高等科がありました。茅ヶ崎尋常高等小学校の生徒の学校生活を見てみましょう。このころは、世界的な経済恐慌や第二次世界大戦を経験し、経済も社会も混乱した時代でした。農家は、農産物や繭の価格が下落して痛手を負い、給与生活者は、賃下げや給料の支払いの遅れなどで、生活の不安を抱えていました。日中戦争や太平洋戦争のもとで、働き手が軍に召集され、残された者が生産を担いました。学校では大正時代の半ばから、個人の確立を目指す教育思潮を背景として、国の経済的な困難を乗り越えるため、郷土研究や職業指導を行っていました。鶴嶺、松林、小出の各尋常高等小学校では、農業を基にした体験教育を実践しました。農家戸数の割合がやや少ない茅ヶ崎尋常高等小学校では、勤労精神を高める教育が行われました。二宮金次郎(尊徳)の銅像が建てられ、勤労精神の高揚のために、授業で報徳訓(二宮金次郎の教え)を暗唱しました。当時の首相が筆を執った「勤労」の文字を銅像の台に刻み、日々の励みにしました。各学校では、郷土誌を編さんし、学校経営に生かしま[百科事典用テキストデーター   (根) ]
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