ちがさき丸ごと博物館

電話の広まり

名称 電話の広まり 別名
所在地
概要 市域での電話業務は、明治四十年(1907)に、茶屋町にあった茅ヶ崎郵便局で始まりました。『茅ヶ崎・寒川 電信電話のあゆみ』(昭和六十年刊、茅ヶ崎電報電話局)によると、郵便局内に設置された電話を、一般の人が利用するものだったそうです。翌年には、電話交換業務が開始され、電話番号の一番は茅ヶ崎郵便局、二番が南湖院でした。開設時の加入者数などは不明ですが、昭和三年(1928)にまとめられた『茅ヶ崎町・鶴嶺郷土誌』(「資料館叢書二」昭和五十一年刊、茅ヶ崎市文化資料館)では、「…現在では加入者の数五十二となる…」と記されており、普及率の低さがうかがわれます。左上の写真は、昭和29年6月発行の「ちがさき市報」で、市役所の電話は13番とあります。この番号は、市役所が茅ヶ崎町役場だったころから、昭和三十年(1955)三月の電話の自動化(ダイヤル化)まで使われていたようです。 この自動化で、市役所の電話番号は2115〜8番になりました。同年4月発行の『ちがさき市報』には「…なお今後も簡単な御問合せ等については電話をご利用下さい」と書かれています。電話が市民と市役所とをつなぐ重要な道具となって来ていたと思われます。また当時南湖で商売をしていたある家では、それまでの番号に「2100」を足して新しい番号となったため、工夫して木製の看板の電話番号を修正したということです。
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