ちがさき丸ごと博物館

漁業の生活(茅ヶ崎の漁場)

名称 漁業の生活(茅ヶ崎の漁場) 別名
所在地 市内海岸線
概要 茅ヶ崎の地引き網の漁場は、海岸を東から小和田・菱沼、本村、十間坂、南湖、柳島の五地区に分けられていて、網元だけが浜に地引き網を入れることができます。小和田地区には、昭和二十年代七軒の網元がありました。浜では、一度に張れる網は三張りなので、その日に四軒以上の網元が地引き網を引く場合、早く船を出した初めの三軒が網を入れることができます。

近世以来の慣行では沖は入会(一定に漁場を、特定の村の漁民が専用することなく、数村で共同利用すること)であり、波元は村ごとの専用であった。そしてこれは近世に江戸幕府によって行われた村々の境界決定と一致してないことがある。
地曳網は波元より一里以内の沖までを優先的に利用し、釣職漁師は一里以外を利用する。また岩礁地帯は公的には入会であったが、慣習的には南湖の釣漁師が優先的に利用していた模様である。明治19年、南湖で専用してることに対する須賀村の抗議があったが、姥島近辺の釣場を利用したのは南湖の漁師が多かった。
[茅ケ崎市史③ 民俗編 第一章生業の民俗   (根)]
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