ちがさき丸ごと博物館

100年前の茅ヶ崎

名称 100年前の茅ヶ崎 別名
所在地
概要 1905(明治38)年の2月は、日露戦争が最後の山場にさしかかったころでした。ロシア本国から日本近海へバルチック艦隊が遠征したり、満州(中国東北部)での日露両軍の決戦、奉天での戦いが始まろうとしていたりした時で、国民は心配げに成り行きを見つめていたそうです。国内では、この年、江戸時代からの老舗三越呉服店がデパート方式の経営に乗り出したり、最初のメーデーが開催されたり、日本初のレコード録音が試みられたりと、さまざまな出来事がありました。一方、わがまちは茅ヶ崎村・鶴嶺村・松林村・小出村の4カ村時代で、合計戸数2766戸、人口2万359人を数えていました。各村には村役場と村立小学校があり、小学校は現在もそのまま続いています。現在の本市は1月1日現在で、8万7566世帯、人口が22万8001人。100年間の社会・産業・家族構造など世の中の変ぼうぶりが分かります。以前は子だくさんの大家族が主流でしたが、現在は核家族化が進み、単身の地方出身者が増加するなど、明らかな違いが見られます。[百科事典用テキストデーター   (根) ]
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