ちがさき丸ごと博物館

天神原A遺跡

名称 天神原A遺跡 別名
所在地 堤(天神原)877他、(大洞谷)1887〜1888他
概要 [種別]集落址 遺物散布地
[立地]台地南面
[範囲]東西300m×南北600m
[分布状況]台地北側土師中心、東、南側に縄文中心 やや密
[現況]畑地、山林
[備考]
[遺構]落とし穴、集石、土坑
[遺物]縄文土器(黒浜・関山・勝坂・五領ヶ台) 土師器(真間〜新) 須恵器(新) 石斧、石錘
[保管場所・責任者]茅ヶ崎市文化財収蔵庫 茅ヶ崎市教育委員会教育長 庄司隆興(松林3−11−52) 生川佐助(堤757)
[時代]縄文時代(前・中期)、奈良時代、平安時代

茅ヶ崎市の北部に広がる相模原台地と総称される丘陵地帯の一角に立地する。
この丘陵地帯は、本市域では高座丘陵、相模原面、立川面の3つの段丘面に分類され、その北東部に位置するが、本遺跡を擁する堤地区である。
本遺跡は、相模川より、東方へ5.4~5.8km、海岸線より5.0~5.6kmの範囲を有し、標高50mの北側平坦面より、南に向かい緩やかな傾斜を呈している。
2次の調査が行われているが、縄文時代中期・奈良・平安時代(古代)から近世にいたる複合遺跡であることが確認されている。
[[文献]神奈川県史資料所在目録1144 1989年(平成元) 昭和63年度社会教育 24回茅ヶ崎市遺跡調査発表会(2013.12.1)資料から ]
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