ちがさき丸ごと博物館

北C遺跡

名称 北C遺跡 別名
所在地 香川(北)2289他
概要 [種別]遺物散布地
[立地]独立丘である篠山の西側裾部緩斜面に立地
[範囲]東西100m×南北50m
[分布状況]農道を作る際、多数の石塔類が出土、露出
[現況]畑地 宅地
[備考]
[遺構]
[遺物]縄文土器(後期)、弥生土器、土師器、須恵器、中世墓地
五輪塔、宝篋印塔、蔵骨器(4点) 昭和5年出土
[保管場所・責任者]茅ヶ崎市文化財収蔵庫 茅ヶ崎市教育委員会教育長
[時代]縄文時代(後期)、弥生時代、古墳時代、歴史時代、中世

 香川駅の北側、篠山西側に位置し、当遺跡からは昭和5年に骨蔵器として使用された瀬戸窒灰釉劃花木葉文瓶子1点、同じく瀬戸窒灰釉四耳壺1点、常滑窒壺2点が見つかっている。
各遺物の年代は瀬戸窒瓶子が14世紀第1四半期、瀬戸窒灰釉四耳壺が13世紀四半期、常滑窒壺が13世紀第3四半期とおもわれる。
出土した周辺に存在する五輪塔や宝篋印塔などの石塔が南北朝から室町期にかけてのものである事から、これらの遺
香川駅の北側、篠山西側に位置し、当遺跡からは昭和5年に骨蔵器として使用された瀬戸窒灰釉劃花木葉文瓶子1点、同じく瀬戸窒灰釉四耳壺1点、常滑窒壺2点が見つかっている。
各遺物の年代は瀬戸窒瓶子が14世紀第1四半期、瀬戸窒灰釉四耳壺が13世紀四半期、常滑窒壺が13世紀第3四半期とおもわれる。
出土した周辺に存在する五輪塔や宝篋印塔などの石塔が南北朝から室町期にかけてのものである事から、これらの遺物は伝世品の可能性を指摘してるが、鎌倉時代後半から室町期にかけて連続して営まれた墓域の可能性も否定できない。

[[文献]北野義夫 1973年「香川出土の蔵骨器」『郷土茅ヶ崎』上巻 茅ヶ崎教育委員会(但し、報告によると常滑1、黄瀬戸1、備前系2となっているが、瀬戸2、常滑2が正しい。) 文化資料館調査研究報告18  (根) ]
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