ちがさき丸ごと博物館

神明神社(下町屋)

名称 神明神社(下町屋) 別名
所在地 茅ヶ崎市下町屋1-6-19
概要 [祭神名]天照大神/大山咋命
[旧村名]下町屋村
[氏子の範囲]下寺尾
[祭礼]10月1日
[その他]祭りには神楽・芝居があったが、昔は屋台があったという(50年以上前のこと)。大神宮ともいう。『風土記稿』には「山王社・神明宮」が鎮守とある。
この神社は『皇国地誌』赤羽根村の項によれば、治暦年間(1065〜69)源義家が勧請したのが起源という由緒と、近隣6村の総鎮守だったが明暦〜正徳(1655〜1716)の間に各村分村して鎮守を祭ったとあります。慶安2年(1649)には徳川氏により6石の朱印状を得ています。また元和2年(1616)以降の棟札12枚が残っています。
伊勢神宮の御厨内には伊勢神宮を祀る新明社がつきものである。茅ヶ崎でも新明社は多いが、なかでも赤羽根の新明神社、円蔵の新明神社は由諸が深い。このほか十間坂、下町屋、松尾の鎮守も新明神社である。御厨内の祭祀の指図は、御厨内の元締めの新明社に仕える伊勢神宮から派遣された神官が行ったが、神官は同時に御厨からの供祭料の取り立て保管の仕事も兼ねた。各地にある新明社は供祭料の保管倉庫を兼ねた建物でもあった。江戸時代後期に幕府によって編纂(ヘンサン)された地誌である『新編相模国風土記稿』には、村の小祠として新明社が、柳島、円蔵には各二社、本村の海前寺内、赤羽根の西光寺内、および今宿、香川に記されているのは、この間の事情を語る名残であろうか。なお、赤羽根の新明神社の氏子のいい伝えでは、鵠沼の烏森大神宮が内宮で、赤羽根が外宮と称していると聞くが、どんな根拠による推定であろうか。[]
イメージ