ちがさき丸ごと博物館

神明神社(松尾)

名称 神明神社(松尾) 別名
所在地 茅ヶ崎市松尾324
概要 [祭神名]天照大神
[旧村名]松尾村
[氏子の範囲]松尾
[祭礼]9月16日
[その他]祭りのときは若者が太鼓を叩いた。芝居もあったが第2次世界大戦後しなくなった。現在の公民館(境内にある)のところに舞台を作った。神輿は神明様なのでないが、最近部落の人が手作りで小さな神輿を作った。なお、神社には古いシシ頭があるという。
この神社は『皇国地誌』赤羽根村の項によれば、治暦年間(1065〜69)源義家が勧請したのが起源という由緒と、近隣6村の総鎮守だったが明暦〜正徳(1655〜1716)の間に各村分村して鎮守を祭ったとあります。慶安2年(1649)には徳川氏により6石の朱印状を得ています。また元和2年(1616)以降の棟札12枚が残っています。
伊勢神宮の御厨内には伊勢神宮を祀る新明社がつきものである。茅ヶ崎でも新明社は多いが、なかでも赤羽根の神明神社、円蔵の神明神社は由諸が深い。このほか十間坂、下町屋、松尾の鎮守も神明神社である。御厨内の祭祀の指図は、御厨内の元締めの神明社に仕える伊勢神宮から派遣された神官が行ったが、神官は同時に御厨からの供祭料の取り立て保管の仕事も兼ねた。各地にある神明社は供祭料の保管倉庫を兼ねた建物でもあった。江戸時代後期に幕府によって編纂(ヘンサン)された地誌である『新編相模国風土記稿』には、村の小祠として神明社が、柳島、円蔵には各二社、本村の海前寺内、赤羽根の西光寺内、および今宿、香川に記されているのは、この間の事情を語る名残であろうか。なお、赤羽根の神明神社の氏子のいい伝えでは、鵠沼の烏森大神宮が内宮で、赤羽根が外宮と称していると聞くが、どんな根拠による推定であろうか。[]
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