ちがさき丸ごと博物館

八大龍王

名称 八大龍王 別名
所在地 市内8カ所(サイクリングロード沿いに5カ所)
概要 漁業者に祭られている神様
国道134号の交通機動隊前の交差点を海岸の方に降りてすぐの所に、見上げるくらいの大きさの「八大龍王の碑」が海に臨んで立っています。碑の裏に、「大正五年 建設者 大謀網主阿部重郎兵衛 賛成者 茅ヶ崎漁業組合」などの文字があります。大謀網とは、主にブリをとった大型の定置網です。阿部重郎兵衛は宮城県出身ですが、大正5年ころ茅ヶ崎沖に最初にその網をかけた人です。昭和の初期まではブリがよく捕れたといいます。大漁だったころの様子が、この碑の大きさに表れています。この大きな碑のわきに、角柱形のものもありますが、年号銘はありません。市内には、このような海を見下ろす地に、もう3基の八大龍王碑があります。柳島のサイクリング道路のスタート地点そばの釣具店のわきのものは、小さな石祠(せきし)形で明治34年(1901)建立、中海岸3丁目の市営中海岸プールわきの碑は明治39年(1906)建立、浜須賀の小和田浜公園の南側の碑は元治元年(1864)再建で地曳(ひき)六張の網持(もち)たちが建てたとあります。小和田には、元治元年の碑とは別に、熊野神社に明治22年(1889)の碑があり、それには「姥(うば)島神社 八雲神社 八大龍王」とあります。浜のものは「浜鎮守」といい、漁師が大漁のとき魚を供え、神社境内のものは、正月15日と8月1日に網元が集まり祭礼を行ったそうです。また南湖でも浜の碑とは別に、下町の住吉神社に年号銘のない石祠形の碑があります。形が柳島のものと似ているので、同じころの建立ではないかと思われます。昔は姥島に祭られていましたが、厳しい波風を避けて現在地に移したと伝えられています。毎年1月と9月の11日が例祭で、終戦前まではこの碑の前に小屋を掛けて神楽を奉納していました。神楽奉納は柳島でも大正の初期まで行っていたそうです。いずれも昔のにぎわいはないものの、今も信仰は続いています。また、代官町の本行寺霊園にも昭和55年に建てられてものがありますが、漁業の進行によるものではないようです。 
市内にはいくつも八大龍王碑があり、海岸に近い場所が多い。

[茅ヶ崎市史ブックレット⑥ 茅ヶ崎の歴史遺産 百科事典用テキストデーター   (根) ]
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