ちがさき丸ごと博物館

新田 信

名称 新田 信 別名
所在地 小和田1丁目
概要 新田信は、明治18年(1885)小和田の旧家に生まれました。第四代茅ヶ崎町長に就任したのは大正10年(1921)、36歳の時でした。町は町民自らが育てるものという自冶精神がモット―で、それには町政の内容を広く知ってもらうことが重要と考えています。そのため就任直後から、町内の各地区を巡回して自冶懇話会を開きました。また、当時の有名な漫画家岡本一平に頼んで絵解きの「税金の行方」を作り、絵葉書にして配るなど、数々のアイデアを打ち出しました。昭和3年(1928)には「茅ヶ崎町政」(翌年「町政の便り」と改題)という広報紙を発行しましたが、当時としては大変進んだ施策でした。就任3年目の大正12年(1923)9月1日、関東大震災が茅ヶ崎を襲いました。新田は町役場、町議会をあげて、食糧の供給を最優先にした被害救済を進めました。大震災後の復興が進む中、大正14年(1925)、地方自冶の先進地である欧米の実態を見るため、視察に出かけました。世界的な不景気の下、茅ヶ崎にも雇用対策の必要から、いくつかの地域開発が計画されました。その一つが、昭和5年(1930)から神奈川県が進めた湘南遊歩道路(現国道134号)の建設でした。新田は、この事業が進む中、昭和7年(1932)に町長を退任しましたが、道路は同10年に完成しました。
また新田は、若いころから俳句に親しみ涛哉(とうさい)と号しました。句碑が小和田の熊野神社境内にあります。昭和34年(1959)9月、永眠しました。[茅ヶ崎ゆかりの人物誌   郷土史学習グループ 一樹会   (根)]
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