ちがさき丸ごと博物館

高橋 誠一

名称 高橋 誠一 別名
所在地
概要 高橋誠一は、明治16年(1883)12月に宮城県の最北端、岩ヶ崎町で生まれました。仙台医学専門学校の医学生になり、キリスト教の月刊雑誌「新人」を購読していました。その本の中で南湖院院長の高田畔安先生は、キリスト教信者であり、しかも医療界に内科医として重きをなしていることを知った彼は、医者としての理想像を見出しました。明治42年(1909)1月に南湖院の医師となり、翌年12月には副長に任命されました。以降40年間、南湖院が解散するまで、副長として勤務しました。そして大正4年(1929)、南湖院の同僚医師である土岐美也と結婚し、同十年に美也夫人は独立して生泉堂医院を開業し、彼も南湖院勤務のかたわら診療をしました。また、彼は早くから教育に関心をよせ、特に幼児教育の重要性を痛感し、昭和10年(1935)、現在の恵泉幼稚園の前身を設立しました。その後、昭和15年には知事の許可を受けて、茅ヶ崎最初の幼稚園となった、同園の園長に就任しました。また、言葉なまりのために苦労した彼は、特に言語教育に力を入れ、園児たちに指導を行いました。この教育方針は、今も同じ幼稚園に引き継がれています。女子教育、小学校校医に加え、政治の浄化を唱えて、町議や市議を勤める等、当市における教育、医療、宗教にたびたび彼の名が見られます。昭和43年3月急性心不全のため84歳の生涯をとじました。[茅ヶ崎ゆかりの人物誌   郷土史学習グループ 一樹会   (根)]
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