ちがさき丸ごと博物館

伊能忠敬

名称 伊能忠敬 別名
所在地
概要 伊能 忠敬(いのう ただたか)、延享2年1月11日(1745年2月11日) - 文化15年4月13日(1818年5月17日))は、江戸時代の商人・測量家である。通称は三郎右衛門、勘解由(かげゆ)。字は子斉、号は東河。
寛政12年(1800年)から文化13年(1816年)まで、足かけ17年をかけて全国を測量し『大日本沿海輿地全図』を完成させ、日本史上はじめて国土の正確な姿を明らかにした。
筆まめだった伊能は、毎日、測量しながら作業内容や沿道の人々の協力の様子などをつづった「伊能忠敬測量日記」を残している。日記の中には、享和元年(1801)の第二次測量(伊豆ー陸奥の本州東海岸、奥州街道の測量)の際、4月22日に、鵠沼村、辻堂村、小和田村、茅ヶ崎村へと進み、測量中の天候、村々の領主、村高、家数や、南湖の「江戸屋」に宿泊したことなどが記されている。茅ケ崎で実測する際には、東海道や大山街道が側線に選ばれた。拡大した図を見ると、馬入川周辺の柳島、中島、南湖、茅ヶ崎、小和田、菱沼などの村落名、知行地などが詳細に読み取れる。忠敬が17年間で測量に費やした日数は、3753日。測量の為に踏査した距離は約4万kmに及び、ほとんど地球を一周する距離に等しかったといわれる。[茅ケ崎歴史快道 (楊井一滋:やないかずしげ)  (根) ]
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