ちがさき丸ごと博物館

ルドルフ・ラチェン

名称 ルドルフ・ラチェン 別名
所在地 松が丘
概要 ラチェンさんは、1881年ドイツのハノーバー市で生まれました。父はドイツ人で鉄道技師、母はポーランド人でした。明治35年(1902)、炭酸水販売会社の社員として来日し、当時、東京で語学の勉強をしていた朝於(あさお)夫人と結婚しました。その後、ドイツから商品の見本を取り寄せて商売を始めましたが、珍しさも手伝って事業は順調に進み、東京・青山の旧伊達家跡にラチェン商会を開きました。扱っていたのは、、ヘンケル社の刃物、ベンツ社の自動車のほか、カメラ、時計、映写機、ワインなどでした。彼は鵠沼に別荘を持っていましたが、関東大震災で崩壊したため、昭和7年(1932)に茅ヶ崎に休養地を求め、現在の松が丘周辺に一万五千坪の広大な土地を購入しました。そして、その中の二千坪に住宅といくつかの家屋を建て、残りの土地は防風林や畑としました。庭にはたくさんの桜が植えられ、五百坪もある池もあったそうです。その池に架かっていた橋の欄干の一部が今も東陶機器の社員寮の敷地にあります。ラチェンさんは和服が大好きで、自宅ではほとんど着物に白足袋、下駄を愛用していました。また、桜を好み、国道一号線から自宅の前を通って海岸まで延びる道を桜並木にしました。現在でもその道は「ラチェン道り」と呼ばれています。ラチェンさんは昭和22年(1947)に持病の心臓病でなくなり、今は横浜の外人墓地に眠っています。66年の生涯でした。[茅ヶ崎ゆかりの人物誌   郷土史学習グループ 一樹会   (根)]
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