ちがさき丸ごと博物館

大踏切

名称 大踏切 別名
所在地 新栄町
概要 茅ケ崎駅構内の平塚寄りにあった「大踏切」は、東海道線の列車通過量の多さに加え、貨物車の入れ替え作業もあったため、いわゆる「あかずの踏切」であった。一日の遮断時間十四時間余りとも言われ、大踏切周辺は恒常的に交通渋滞となり、駅南北間の移動のために入場券を購入して駅構内を通過する人は、一日1200人にのぼるとされていた。駅南北の交通を阻害する大踏切の問題は、1950年代から市議会でもしばしば取り上げられ、跨線橋や地下道建設について解決策が議論されていた。この間途中、様々な計画・反対運動を繰り返し、1967年半ばに登場した茅ヶ崎民衆駅計画において橋上駅舎と南北自由通路が計画されたことから、一旦大踏切の跨線橋建設を中止する意向が示されたが、民衆駅計画の見通しがつかない中で、1970年再び跨線橋建設に乗り出すことを明らかにした。跨線橋は大踏切を斜めに横断する変形なものとなった。その後大踏切は、1980年代に至って再び立体化計画がたてられることになり、自動車専用道路橋と歩行者用地下道からなる「茅ヶ崎ツインウエイヴ」が1994年に完成した。[茅ヶ崎市史現代① 通史・60年の軌跡(1945-2005)  (根)]
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