ちがさき丸ごと博物館

江戸屋

名称 江戸屋 別名 重田家
所在地 十間坂2-3-21
概要 十間坂より西側の国道1号線沿いを茶屋町と言います。江戸時代の記録には「南湖立場」とも書かれています。ここは、幕府公認の宿場ではありませんが、藤沢宿と平塚宿の間にあって、旅人や参勤交代の大名たちが休みを取った所です。本陣を松屋、脇本陣を江戸屋がつとめました。昔はいろいろな商売の店が並んでいて、近くの村々から買い物に行くところでもありました。
「江戸の人が、いきのよい魚のなますを食べたと評判する南湖立場に着き、名もなつかしい江戸屋で、ひしこという魚のなますを食べ、その味は世の常のものではない」また、松露はも食した。「ひしこ」とはカタクチイワシのことで松露は茸の一種。近くの海と山で多く採れ、他にも新鮮なアワビや江戸屋の「あんこう」(おはぎ)は南湖の名物だった。江戸屋の300年の歴史の中には、旅の途中に病で死亡した人達を葬ったこともある。当時、江戸屋の墓地に埋葬し、重田家では今もお盆に無縁様と称して別にお供え物を作り供養を続けている。そのようにして葬られた上総の国の人の墓石もある。
旅籠の橘屋、藤屋 、茶屋町は明治になって二度の大火に逢って、本陣の松屋も焼失してしまい、今に伝わる記録はほとんどない。
浜降祭の日、早朝の合同浜降りを済ませた後、ご神霊を白木の輿に移し、一社だけで南湖を回って再び浜降りをします。途中で江戸屋に寄るのはお礼のためと言われています。[茅ヶ崎市史ブックレット② ちがさき歴史の散歩道  (根) 茅ケ崎歴史快道 (楊井一滋:やないかずしげ)  (根)  ]
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