ちがさき丸ごと博物館

イサム・ノグチ

名称 イサム・ノグチ 別名
所在地
概要 イサム・ノグチ(1904-1988) 彫刻家、画家、インテリアデザイナー、造園家、舞台芸術家として活躍。
1987年アメリカ国民芸術勲章受章。 1988年勲三等瑞宝章受章
イサムは明治37年アメリカ・ロサンゼルスで、父野口米次郎(ペンネーム:ヨネ・ノグチ  以下ヨネ)、母レオニー・ギルモア(アメリカ人)の子として産声をあげました。父はイサム誕生より2か月半ばかり前に日本へ帰ってしまい、イサムは私生児となります。やがて、母と子は明治40年日本にやって来ます。親子3人水入らずの家庭が築けそうと思ったのも束の間、ヨネはすでに結婚していました。母子はヨネの家を離れ自活の道を選びます。やがて二人は「空気がきれい」と定評のあった茅ヶ崎にやって来るのです。茅ヶ崎市菱沼の牡丹餅立場近くに住み、イサムは松林尋常小学校に転入します。イサムは自然豊かなこの茅ヶ崎ですくすくと育ちました。イサムは晩年を振り返り「僕のアーチストとしての開眼は茅ヶ崎で培われたものだ・・・」と語っています。
母レオニーは、イサムを日本人として育て、そしてアメリカ人とも育てたく、イサムを一人でアメリカに帰します。単身渡米そして、パリへの留学、その後東洋への勉強の旅立ちと仕事、仕事で世界を駆け巡るのです。アメリカで着物ショーが開かれた折、山口淑子(季香蘭)がやって来ます。彼女も国籍問題で苦労しました。イサムと境遇が似ていたので、二人はすぐに意気投合して
結婚します。淑子30歳、イサム46歳。北鎌倉、北大路魯山人で新婚生活がスタートしましたが、わずか4年2か月で円満離婚します。イサムは取り付かれたように仕事に没頭しますが、肺炎をこじらせて入院、わずか数日で帰らぬ人となりました。昭和63年12月30日。享年84歳。
今、多くの作品に取り囲まれて、ニユーヨーク・ロングアイランドのイサム・ノグチ庭園美術館で静かに眠っています。
[2014.10.1 ちがさき丸ごと博物館 広報誌21号  (根)]
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