ちがさき丸ごと博物館

高座郡衙跡

名称 高座郡衙跡 別名
所在地 下寺尾
概要 平成14年の夏、下寺尾の県立茅ヶ崎北陵高校グラウンドから大規模な建物跡の柱穴群が発見された。調査を行った財団法人かながわ考古学財団がこれらの柱穴や周囲の竪穴住居などを詳細に検討した結果、西暦700年前後に営まれた高座郡衙(たかくらぐんが:律令時代の郡の役所)と推定された。グラウンドの南西部では政務を執り行った郡庁(ぐんちょう)が発見され、グラウンドの北西部では4棟の高床式の倉庫(正倉(しょうそう))群と東西方向に広がる長大な建物の柱穴列が発見された。
 郡庁は、正殿(せいでん)と後殿(こうでん)と脇殿(わきでん)で構成されています。正殿は、周囲に回廊のような施設が巡る建物で、東西に7間(16.5メートル)、南北に4間(9.6メートル)の大きさがあったと考えられる。また、その北側16.5メートルに後殿と考えられる建物の柱穴群が、また東側20メートルに脇殿(東側)と考えられる柱穴群が発見された。それぞれの幅は4.5メートルで16メートルから20メートル以上の長さをもつ大型建物であり、西側にも同規模の脇殿が存在すると推定される。後殿と両脇殿が「コ」の字状に配置され、その中央に正殿をもつ構造であることがわかった。
 また、正倉は東西6.6メートル、南北5.4メートルのやや長方形の平面をもつ高床式の倉庫で、4棟が10メートル強の間隔で一列に並んでいることが確認された。そして、その並びに平行する形で、幅が5メートルで33メートル以上の長さをもつ大型の建物が見つかりった。
 この遺跡で発見された建物は、すべて大きな柱穴を掘り、その中に柱を直接立てたタイプのもので、掘建柱建物(ほったてばしらたてもの)と呼び、礎石(そせき)をもつ建物と区別している。
これらの大型遺構群は、一般的な集落遺跡では発見されることのないとても貴重なものである。とくに郡庁と正倉とともに、隣接地に同時期の寺院(七堂伽藍跡)が併存し、現在も地中下に保存されていることが、その重要性さらに高めており、全国的にも注目されている。


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