ちがさき丸ごと博物館

茅ケ崎と別荘

名称 茅ケ崎と別荘 別名
所在地 中海岸・東海岸地域・平和町等
概要 湘南海岸の別荘地化としての発展の契機は、東海道線・横須賀線の開通でした。資料に残る茅ヶ崎地域での最初の別荘は、明治27年(1894)フランス人エメー・コイが柳島に有していた別荘です。別荘誘致には、当時の茅ヶ崎村長伊藤里之助をはじめ村会も協力的であった。
1898年6月15日に茅ヶ崎停車場が開業したのを機に、明治30年代に別荘が建設されるようになったが、そのきっかけとなったのが、1897年に歌舞伎俳優である九代目市川団十郎(1838~1903)が小和田海岸に別荘を構えたことであった。
別荘を構えた人々の多くは、官僚や学者が多いといわれるが、その理由のひとつが団十郎に関係する縁の深い人物であった。
こうした別荘は明治末には200を超え、茅ヶ崎は、湘南の他の別荘地に比べ、閑静で物価も安い避暑の好適地として、定着していきました。大正期も後半に入ると、別荘地は茅ヶ崎地区から松林地区へと広がりをみせ、1923年の関東大震災後も、別荘の建設は進んでいった。ドイツ人輸入商のルドルフ・ラチェン(18881~1947)が現在の旭ヶ丘に別荘を構えたのもこの時期であり、海岸に向かう道はラチェン松ヶ丘通りと通称されるようになる。
昭和に入ると、1930年(昭和5年)に「横浜貿易新報」の県下新住宅地十佳選に茅ヶ崎海岸が第六位となるなど、地価の安さと交通の便のよさから、次第に別荘兼住宅地という性格が強くなっていった。
市内での代表的な別荘地跡が、「高砂緑地」「団十郎別荘跡」です。[茅ケ崎市史ブックレット⑨ 近代茅ヶ崎の群像  茅ケ崎市史ブックレット④ 茅ヶ崎むかし語り]
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