ちがさき丸ごと博物館

横穴墓(甘沼)

名称 横穴墓(甘沼) 別名
所在地 甘沼中村
概要  甘沼付近からは昭和10年代に横穴古墳の発見が繰り返されました。これらは一連の横穴群とみられ昭和8年玉林寺坂の道路工事中に3横穴が発見され、昭和10年台地の貯水池へ通ずる道路工事で1基、昭和14年通称水道山登る石段の西側からも横穴が発見されました。赤星直忠氏は一連の甘沼横穴古墳は9基が確認できたと述べています。これらは関東ローム層に掘られたもので、床には礫を敷きアーチ型の断面を呈しています。これらの横穴内部からは直刀、鍔、刀子、鉄鏃(やじり)銅釧(うでわ)
銅環、めのう製勾玉(まがだま)、水晶製切子玉、ガラス製小玉、須恵器甕、などの遺物が出土しています。甘沼古墳群の存続期間は7世紀後半およびそれ以降とすいさつされます。横穴式古墳では珍しい二例の組み合わせ式石棺が発見されています。横穴式では遺骸を木棺に入れて葬るのが一般的慣わしです。
 甘沼横穴群の前面に展開する砂丘地帯には古墳時代の集落址が多数存在していました。古墳と同時にそんざいしていたものがどれであったかを決めることは現在の段階では不可能だが横穴を営んだ人たちの集落がこの砂丘上にあったことは確かでしよう。その竪穴式住居から成り立つものであろうが掘り出されて日の目を見たものはありません。それにしても横穴に葬られたのは、集落の中でも限られた人たちであったことでしょう。他の多くの人たちは死後どこへどのように葬られたのでしようか。(う)[茅ヶ崎市史3巻考古・民俗編]
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