ちがさき丸ごと博物館

鶴嶺八幡社参道

名称 鶴嶺八幡社参道 別名
所在地 浜之郷732ほか
概要 国道1号の鳥井戸橋の辺りに赤い一の鳥居があります。この鳥居をくぐって、真っすぐ北に延びる松並木の道路が鶴嶺八幡社の参道です。参道は、道幅約10メートル、南北約800メートル、道の両側には松並木が続きます。
国道1号の鳥井戸橋の辺りは、茅ヶ崎の名所の1つで、南湖(鳥井戸)の左富士といわれています。国道の南側に左富士の記念碑があり、その反対側に大きな赤い一の鳥居があります。真っすぐ北に延びる松並木の道路が鶴嶺八幡社の参道です。参道は、道幅約10m、南北約800m、道の両側には松並木が続きます。昭和44年(1969年)に、参道が市の史跡に、松並木が市の天然記念物に指定されました。鶴嶺八幡社は、平安時代後期に創建されたと伝えられています。神社の縁起には2つの説があり、江戸時代の『新編相模国風土記稿』に引用されるものは、「昔、浜之郷村にあった勝福寺に、道印法師という僧がいた。法師は、宇佐(大分県)にある寺の僧で、神のお告げによって八幡大菩薩のお姿を持ってきて、寺の守り神として祭ったのが八幡社で、時に長承2年(1133年)のこと」という話です。もう1つは、明治時代の初めの『皇国地誌』にあり、「源頼義が東国の乱を平定するとき、源氏の氏神である京都の石清水八幡を持ってきて、矢畑の本社丘に祭った。それを頼義の子の義家がこの地を通ったとき、現在地に移した」というものです。一の鳥居近くにある民家の庭には弁慶塚があります。
[種別]参道
[立地]沖積微高地
[範囲]約900m
[分布状況]
[現況]
[備考]
[遺構]古参道、竪穴址、土坑、溝状遺構、ピット
[遺物]土師器、須恵器、陶器、磁器、砥石、古銭、ガラス瓶
[保管場所・責任者]茅ヶ崎市文化財収蔵庫
[時代]平安時代[ちがさき丸ごと博物館ガイドブック(文化財編)  ぶらり散歩 郷土再発見 文化資料館ブックレット1  あのみち このみち 歴史みち [文献]1995年(平成7)第6回発表会要旨(確認) 1995年(平成7)平成6年度社会教育(確認)]
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