ちがさき丸ごと博物館

円蔵祭囃子

名称 円蔵祭囃子 別名
所在地 円蔵
概要 市指定文化財/昭和50年3月24日 市重要無形文化財。 祭囃子は、村の鎮守の祭りのときに行われます。昔は多くの村々で伝えられてましたが、今、市の指定となっているのは円蔵祭囃子のみです。市内には江戸時代の村が23ありますが、昔はそれぞれの鎮守に伝えられていたと思われます。それらの多くは太平洋戦争のときの混乱と、戦後の経済成長期になくなってしまいました。最近は再び見直され、いくつかの祭囃子が復活しています。7月の浜降祭などで見ることができますが、以前は秋の祭りに行うことが一般のようでした。農閑期や田畑の仕事を終えた夜に、村の若い衆が集まって盛んに練習を積みました。また、そうして集まることが当時の青年たちの大きな楽しみの1つだったのです。円蔵の囃子は新囃子と呼ばれる系統です。用いる楽器は、径が40〜50センチあり、高さ60センチもあるオオド(大胴=大太鼓)、ツケド(締め太鼓=小太鼓)、鉦、笛、拍子木です。曲目は6曲からなり、笛の先導で屋台と宮昇殿、昇殿と神田丸、鎌倉と仕庁舞(四丁面)と2曲ずつ奏でられます。またオカザキというおかめ、ひょっとこの踊りが付く出し物もあります。 
鎌倉幕府の基盤づくりに尽力した懐島大庭景能(ふところじまおおばかげよし)が円蔵に館城を構えて本拠とした。この円蔵館で戦いに勝った祝宴などに楽人(らくびと)を招き、家臣と供に笛や太鼓を叩いて楽しんだのが元で、その後村人に受け継がれ、のちに相模川より西に源をおく田村囃子が混入され「円蔵新囃子」となり代々伝習され、今の円蔵囃子になったと伝えられています。[文化資料館ブックレット2  ちがさき村ごと歴史散歩  ]
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