ちがさき丸ごと博物館

南湖麦打唄

名称 南湖麦打唄 別名
所在地 南湖
概要 昭和54年(1979)市の重要文化財に指定されました。
麦の脱穀作業は、クルリ棒という道具を使いつらいものでした。仕事の調子を整え、重労働を紛らすために歌われたのが麦打唄でした。江戸時代から昭和の中ごろまで麦の収穫期には各地で歌われましたが、現在市内では、南湖にだけ伝えられています。
茅ヶ崎でも昔は、大麦、小麦をつくっていました。麦打(むぎうち)唄(うた)はこれらの収穫のときに、麦の穂の粒を落とす脱穀仕事で歌われた作業歌です。麦の取り入れは6月に行われます。刈り取った麦はセンバという道具にかけます。センバにはくしの歯のような鉄の大きな歯があり、この歯に麦の穂を引っ掛けてこき上げると、穂だけが落ちます。稲ならばモミだけがバラバラと落ちますが、麦は穂全体が取れてしまうので、もう1度この穂から粒を落とさなければなりません。昔は、農家の広い庭にむしろを敷きつめて麦穂を広げ、初夏の太陽の光で干しました。それを少しずつ1か所に集め、クルリ棒という道具で打つのです。この一連の仕事を麦のコナシといいました。麦打唄は麦穂をクルリ棒でたたくときに歌うものだったのです。クルリ棒は1メートル50センチくらいの竹の棒の先に、回転する40〜50センチの木の棒を取り付けたごく簡単な道具ですが、扱うのは大変難しく、慣れないうちは危険です。片側に4、5人並び、2列で向かい合って麦を打ちます。片側が振り上げているとき、相手側は打ち降ろしていなければなりません。調子を取りながらやらないと作業がスムーズに流れません。つらい単調な仕事を紛らわし、みんなの気持ちを1つにするためにも歌は必要だったのです。「南湖の浜にゃ名所あり 波元(なもと)には平島沖にゃ姥島/南湖の茶屋の江戸屋では 十七をそろえてお飯を盛らせる/南湖ではやる魚売り、キスやキス生ギスサメのかまぼこ」 初夏のころには、あちらこちらから麦を打つクルリの音とこの唄が聞こえたそうです。今は毎年秋に行われる郷土芸能大会のときに聞くことができます。
クルリ棒という道具を使って行う麦の脱穀作業は、つらいものでした。仕事の調子を整え、重労働を紛らすために歌われたのが麦打唄でした。江戸時代から昭和の中ごろまで麦の収穫期には各地で歌われましたが、現在市内では南湖にだけ伝えられています。
[ちがさき丸ごと博物館ガイドブック(文化財編)  ぶらり散歩 郷土再発見 ]
イメージ