ちがさき丸ごと博物館

腰掛神社

名称 腰掛神社 別名
所在地 芹沢2169
概要 日本武尊伝説/小出小学校の西、小出青少年広場前で県道と別れ右へ入り、Y字路を右に約1km行くと、杉木立ちの中に腰掛神社があります。途中は雑木林と畑とまばらな人家で、道端の草むらの中には庚申塔(文政7年:1824)や二十三夜塔(安政4年:1857を見いだすことができます。道の西側の谷は柳谷といい、県立茅ヶ崎里山公園の一部になっています。腰掛神社は芹沢の鎮守です。神社の名前は、日本武命が東征の時、この地で石に腰掛けて休んだという伝説に由来しています。神社には、このときの石と伝えられる腰掛け石が拝殿脇の柵の中に祭られています。また腰掛けたのは、『新編相模国風土記稿』芹沢村の項には「大庭の神」と記しています。杉の巨木を含む神域の森の中に、本殿、拝殿と草葺き屋根の鐘楼などがあり、風格のある神社です。神社に鐘楼は奇異に思われるかも知れませんが、神仏習合時代の名残です。また神社の入口には元文5年(1740)銘の庚申塔があります。神域の樹叢(森)は昭和61年に市天然記念物に指定されています。
[祭神名]日本武尊
[旧村名]芹沢村
[氏子の範囲]芹沢
[祭礼]9月18日
[その他]社名は、拝殿の脇にある大きな石に日本武尊が腰かけたことに由来するといわれている。この石は今でもある。祭りは現在日曜日にしている。勤め人が多くなったことによるという。第2次世界大戦までは神楽・芝居などの余興があった。/芝居は厚木の柿之助、神楽は厚木へ頼んだり、円蔵の鯛さんに頼んだ。芹沢にもできる人はいたという。宵宮に幟立て、掃除などの準備を村中でした。余興の案内、警護には青年団があたった。祭には神輿も出て、ムラワタリをした。/事前に道路を修理、木の枝をはらっておき、神輿は神社→大谷→細谷→中ノ谷→西ノ谷→久保山→下場の順に回った。/午後2時ごろ出て夜にかけて回る。ムラワタリは次の年は逆回りになる。雨乞には神社の釣鐘を持ち出し、小出川に入れて水をかけた。風祭り(9月1日ごろ)も神社で式をし、お札をうけて田・畑にたてる。/神社のまわりの山は村持ちで茅場であった。茅を売って神社の費用にあてた/鎮守のほか、各谷ではシタミヤサマとよばれる神社を祀っている。中ノ谷は神明社(10月15日が祭りで、ミヤモトである米山松治家に集って日待ちをした)、大谷は山王社、紺谷村は権現様を祀っている/『皇国地誌残稿』には、腰掛神社の祭りは8月19日、末社として天照大神宮・白山社・稲荷社・金比羅社があがっている[ちがさき丸ごと博物館ガイドブック(文化財編)  ぶらり散歩 郷土再発見  (根) ]
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