ちがさき丸ごと博物館

浜降祭

名称 浜降祭 別名
所在地 南湖・西浜海岸/各地
概要 県指定無形民俗文化財/県指定無形民俗文化財・かながわ未来遺産100/民間信仰/年中行事/7月15日(現8月20日) 暁の祭典とも呼ばれる早朝の祭りである。相模国一之宮・寒川神社の神輿を中心に数十基の神輿が南湖の海岸に降りる例祭である。浜から帰ると村中をめぐる。 /昭和53年6月23日、神奈川県指定無形民俗文化財指定。浜降祭は、明治9年以来、毎年7月15日に行われていましたが、1997年からは「海の日」に行われています。早朝、寒川神社の神輿(みこし)をはじめ、茅ヶ崎市・寒川町内の神社から、多いときには40基余りの神輿が西浜海岸に次々と降り立ち、禊(みそぎ)を行う勇壮な行事で、多数の神社の合同祭祀(さいし)となっているのが特色です。各神社の神輿は、夜半のうちに官立ちし、神輿の四方に高張(たかはり)提灯(ちょうちん)を点しつつ、早朝の海岸へと向かいます。祭場では、神輿は担ぎ(かつぎ)手の掛け声勇ましく、乱舞しながら練り歩き、次々と海に入り禊を行った後、所定の位置に安置され神事の開始を待ちます。露払い役の鶴嶺八幡社の神輿を先駆けに、寒川神社の神輿が、菅谷神社、倉見神社、八幡大神の各神輿を共に祭場に姿を現わしてから神事が厳かに行われます。神輿の乱舞は担ぎ手だけでなく、見る者にも熱気と興奮を伝え、また、神事は厳粛な雰囲気に包まれます。この神事が終わると、神輿は掛け声勇ましく祭場を練り歩きながら次々と退場していきます。浜降祭がいつごろ始まったか明確ではありませんが、伝承によると、寒川神社の神輿が大磯の国府祭(こうのまち)への渡御の帰途、相模川の渡し場で事故に遭い、激流に飲まれて行方不明となりました。寒川神社では、触れを出しその行方を探していたところ、数日後、南湖の網元が漁の最中にこの神輿を発見、浜に安置し、寒川神社に急報したため神輿は神社に帰ることができました。それから毎年、寒川神社ではお礼のため、茅ヶ崎海岸へ渡御し禊をすることが習わしになったといいます。また、鶴嶺八幡社は独自の海浜で禊を行っていましたが、後に合同で行うようになったのです。神輿はそれぞれ地元に戻り、五穀(ごこく)豊穣(ほうじょう)や家内安全などを願って氏子の区域内を巡行します。
茅ヶ崎甚句の音頭に合わせて「ドッコイ・ドッコイ」の掛け声、台輪(座)の鐶を打つ「カッタ・カッタ」の音が浜風に乗って流れ、浜は時ならぬ人出でにぎわいます。 (根)
[ちがさき丸ごと博物館ガイドブック(文化財編)  ぶらり散歩 郷土再発見  (根) 文化資料館ブックレット2  ちがさき村ごと歴史散歩 (根) ]
イメージ