ちがさき丸ごと博物館

川漁

名称 川漁 別名
所在地
概要 相模川に面した平太夫新田と柳島ではともに生業としての川漁を行う家が何軒かあった。柳島は河口に位置し、平太夫新田はその上流3,4kmのところである。ともに汽水域である。特に柳島は市内を通る小河川、千ノ川・小出川の河口でもあり、両村とも淡水魚に恵まれていた。新田には六人の専業者があって、仲買業者一軒、遊船宿業二軒があった。柳島では海漁師と川漁師の分化は明確ではない。シケのときなど海の漁を休んで川で投網を打ったり、延縄をまいたりしていたというからである。なお萩園も相模川に近いが生業としての川漁師はいなかった。耕地に恵まれた村だったためと思われる。淡水魚は一般の家庭の食膳にはのぼらなかった。アユ・コイ・フナ・ウナギなどそれぞれ仲買業者があって、料理屋や鎌倉・大磯の別荘住人に引き取られるものが多かった。[茅ヶ崎市史③ 考古・民俗編  (根) ]
イメージ