ちがさき丸ごと博物館

大山信仰の碑

名称 大山信仰の碑 別名
所在地
概要 伊勢原市にそびえる大山は、昔から霊山をして知られています。大山の信仰が庶民に広まったのは江戸時代です。村々では大山講を組んで、御(お)師(し)の指導のもと、年に一度代参者を立てて大山にもうで、不動明王に豊作、豊漁、商売繁盛、雨乞(ご)い、無事息災などを祈願しました。信仰は関東地方を中心に、福島・新潟・長野・静岡の一部にまで及んでいました。大山信仰により建てられた碑が、市内には4基あります。円蔵の了覚院境内の碑は、行者の了察が浅草観音と大山の不動尊に三十三度のお参りを成し遂げた記念として、寛政7年(1795)に建てたものです。赤羽根の西光寺のものは石灯ろうで、その竿石に「大山 石尊大権化 大天狗 小天狗」と彫ってあります。この寺の二十五世住職の清譽が発案者となり、中赤羽根の村人、若者組らと共に寛政10年(1798)に建てたものです。この灯ろうは大山灯ろうとしてつくられたものと思われます。大山の夏山の最中に、献灯のために灯ろうを立てる習慣は、大山信仰の及んだ広い地域に見られるからです。今年も南湖下町や柳島で神社の境内に木製の灯ろうが立っていました。下町屋の梅雲寺には、墓地入口の覆い屋の中に三十センチほどの丸彫りの不動様があります。享和元年(1801)に嶋村弥右衛門が建てたと彫ってありますが、大山に関する文字はありません。しかし、不動明王は大山信仰のかなめを成すものです。石の不動様は、藤沢市四ツ谷の大山道入り口にも大きな道標とともにあります。小和田の熊野神社の本殿脇の碑は、万延元年(1860)の建立で、願主・世話人として列記された新田、大八木、新倉、白井、清水、程島、真壁の姓はいずれも地元に今も多いものです。碑面には「富士浅間大神 不動大明王 石尊大権化」とあり、富士山にも登っていたことが分かります。なお、この碑の文字は、幕末期の文化人、柳島の藤間柳庵の書によるものです。
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