ちがさき丸ごと博物館

海前寺

名称 海前寺 別名
所在地 本村4-21-34
概要 海前寺は天正19年(1591)の草創と伝えられます。山門の前を東西に延びる道は、鎌倉時代に幕府と京都を結んだ「鎌倉街道」といわれています。海前寺の墓地の一角に、江戸幕府の大筒役で、鉄砲場の責任者だった佐々木卯之助の供養碑があります。幕府に無届けで鉄砲場内の新田開発をした罪で、天保6年(1835)、息子菊次郎とともに青ヶ島に島流しになり、明治9年(1876)、島で死亡しました。しかし、南湖では、百姓のために田を開いた恩人として敬っていたそうです。卯之助の碑の隣に、村娘の悲劇で知られる「くるま地蔵」があります。また、墓地には、戦後のボクシング界に「ピストン堀口」の名で知られた堀口恒男(1914〜1950)の墓もあります。この副碑は作家の井上靖の選文です。
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