ちがさき丸ごと博物館

小出地区の道(芹沢方面の道)

名称 小出地区の道(芹沢方面の道) 別名
所在地 小出地区
概要 県立茅ヶ崎里山公園を抜けて、日本武尊が東征の折、富士が見えるこの地で下馬し、石に腰掛けたという言い伝えが残る腰掛神社に向かう道の途中に、一寸峠(一足峠とも書きます)があります。傍らに庚申塔が祭られたこの小さな峠に立つと、眼下東側には善谷寺や民家が見え、そちらに下る道があります。西側は、落ち葉に埋もれた細い道が谷戸底へ急こう配で続いています。1人で下るには、ちょっと勇気がいるかもしれませんね。この道はみこし道とか村渡りの道といって、かつては浜降祭から芹沢に戻ってきたみこしが各集落を渡御する際に通ったそうです。下ったところ(ここには道祖神が祭られています)は柳谷の谷戸底に当たり、道は尾根に向かって登る道、谷戸のへりに沿って続く道といく筋かに分かれています。谷戸の雰囲気を体感できる比較的平坦なへりの道を進むと水田が開け、ここを横切って行くと先の一足峠を腰掛神社の方へと下ってきた道に出ます。高座丘陵の南端に位置する芹沢は、芹沢の九十九谷といわれ、このように起伏に富んだ典型的な谷戸地形が随所に見られます。そのまま道なりに北西に歩みを進めると、小出川の両岸に水田が開け、谷戸の北側外周をめぐる根通りといわれる道に出ます。丘陵のへりをうねうねと通る道の様子からこう呼ぶのだそうです。東は藤沢市の大黒橋の辺りから西は下寺尾の北方の辺りまで続く根通りは、農道や生活道路として、芹沢に暮らす人たちに役立ってきました。昭和51年(1976年)から平成8年(1996年)3月まで、地元の人たちによって土地改良が施行され、この道も拡幅され道路の新設などが行われました。この辺りの水田の用水は、谷戸のしぼり水(湧水)や小出川に2、3か所のせきを造って賄っていましたが、小出川の河川改修、土地改良や道路の改良で水の通りが改善され、現在では改良区のほぼ西半分の水田が相模川左岸用水から取水し、東半分が小出川よりポンプアップして用水を得ることがナきるようになりました。根通りを通り、小出川を渡る橋も昔から地元の人たちに親しまれてきました。新道橋は藤沢の用田方面へ農道具などをそろえるために利用しましたが、昔この橋の辺りは、子どもたちにとって釣りなどを楽しむ格好の遊び場で、ときにはイモリ(アカハライモリとも呼ばれていました)を見掛けることもあったそうです。根通りを行谷方面へ進むと追出橋があります。昔、この橋の辺りで稲につく害虫を追い出す虫送りの行事を行っていたので、この名が付いたといわれます。県立茅ヶ崎里山公園の西側は芹沢の大久保に当たりますが、ここには大久保坂があります。この坂道を公園方面から下っていったところにある観音堂は光照山普門寺といいます。本尊の観音様は秘仏で下馬落観音といい、馬に乗ったままこの前を通ると落馬したという言い伝えがあります。また、かつて観音堂の東側にはしょうゆ醸造所があり、原料や製品の運搬に牛車を使っていたころは、急坂のため途中で牛が動かなくなり、う回路(旧道を登らず公園西駐車場の出入り口付近に出る道)ができるまでは、大変苦労したそうです。
[文化資料館ブックレット1  あのみち このみち 歴史みち (根)  ]
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