ちがさき丸ごと博物館

国道134号線(湘南遊歩道)

名称 国道134号線(湘南遊歩道) 別名
所在地
概要 国道134号は、以前は湘南遊歩道と呼ばれていました。その記念碑が柳島記念館東側の砂浜にあります。江戸時代には、この碑のある付近から片瀬海岸までの約1?が幕府の鉄砲場(大筒の練習場)だったといわれ、海岸の海に近い部分の多くは、長年にわたって荒れ地となっていたと思われます。大正のころには、魚付砂防林をつくるために植林が進められました。昭和になって、この砂防林の中央を東西に貫通する県道片瀬大磯線(湘南遊歩道)が計画され、東は片瀬村(藤沢市)の龍口寺前から、西は大磯郵便局(大磯町)までの16.7Kmの道路で幅員は車道12m、山手歩道2.7m、海岸歩道3.6mが設置され、さらに海岸側に幅7.5mの馬車道を設けるという、日本初の本格的な遊歩道路として昭和11年(1936年)に完成しました。この計画は、地域開発と失業者救済を兼ねたもので、着工は昭和6年(1931年)でした。辻堂海岸には海軍の演習地があったので、そこは北側にう回し、また、柳島海岸に造成されていた陸軍の所沢飛行学校の滑走路も道路に組み入れられました。昭和10年(1935年)8月から使用が始まると、道路からの砂ぼこりが問題になり、「ドイツ村」(現・中海岸3丁目)と呼ばれていた別荘の所有者ゼーリッヒらや、療養上悪い影響があるという南湖院などから陳情がなされ、舗装されました。昭和11年に湘南大橋が竣工し、10月に開通式が行われました。太平洋戦争中には、今の柳島海岸から西浜小学校までと、小和田の海岸の砂防林の一部に海軍の兵舎や探照灯、防空砲台などがつくられました。松の木は松根油を採取するために掘り起こされたり、終戦のころ燃料不足のためにひそかに乱伐されたりして、砂防林は荒廃しました。現在は松などの混植林となっていますが、これは昭和40年代に植えられものです。東京オリンピックに備え、道路には昭和39年(1964年)に街路灯が43年(1968年)には、国道と波打ち際との間に、柳島海岸から鵠沼まで8.4Kmの通称サイクリングロードが着工され、45年に完成しました。市民の散策やランニングに親しまれています。漁業に携わる人たちは八大竜王という神様を祭っています。市内には8基ありますが、その内5基がサイクリングロード沿いにあり、正月と9月の11日の例祭日に祭が行われます。沿線には、茅ヶ崎漁港の碑、水産加工発祥の地の碑、国木田独歩の碑、浜須賀歩道橋わきの太陽光発電システム、砂浜を養生する目的でつくられたヘッドランドなどがあり、見どころの多い一帯です。 (根)
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