ちがさき丸ごと博物館

西行法師の歌碑

名称 西行法師の歌碑 別名
所在地 中海岸2-2-18
概要 西行法師の作と伝えられるこの歌が、文化資料館の門柱に刻まれています。「砥上ヶ原(とがみがはら)」は平安・鎌倉時代の書物に出てくる古い地名で、片瀬川、あるいは境川から相模川の間を指したと考えられています。西行は、平安時代の歌人として有名です。元永元年(1118年)に武士の家柄に生まれ、佐藤義清といいました。若い頃は朝廷に仕える武士でしたが、23歳のとき、妻子も官位も捨てて出家し、真言宗の僧となりました。全国を旅しながら修行し、自然の事物に心を寄せ、仏道に励み、多くの歌を残しました。新古今和歌集の代表的な歌人で、歌集に「山家集」があります。文治二年(1189年)、西行が源平の合戦で焼け落ちた東大寺を再建するための寄付をもとめて奥州の藤原秀衡を訪ね、鎌倉の頼朝にも会ってその途中、砥上ヶ原を通ったとき詠んだのが冒頭の歌です。この旅の途中で、西行は大磯でも有名な「鴫立沢」の歌を残しています。また、藤沢市龍の口には、都恋しさに西行が枝を西向きにねじったという「西行もどり松」があります。西行は各地に草庵を結び多くの歌を残しましたが、建久元年(1190年)2月16日、73歳で他界しました。[ちがさき丸ごと博物館ガイドブック(文化財編)  ぶらり散歩 郷土再発見  (根)]
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