ちがさき丸ごと博物館

市境の道(赤羽根)

名称 市境の道(赤羽根) 別名
所在地 赤羽根
概要 市内を東西に走る大山道を東に進み、赤羽根にある東京電力辻堂変電所の東側の交差点まで来ると、そこは茅ヶ崎、藤沢両市の市境に当たります。江戸時代はここを中心に、大山道を挟んで北東側が大庭村折戸、北西側が赤羽根村、南東側が辻堂村、南西側が小和田村で、この地点が4村の村境にあたりました。また、交差点から南北に続く道は、両市の市境の道となっています。この市境の道を北方(山側)に進むと、新湘南バイパスの下を越えた辺りから急な登り坂になります。ここは湯桶口と書いて「オトウグチ」といい、坂道は湯桶坂いいます(東側の藤沢市折戸では、折戸道と呼んでいます)。湯桶口より湯桶坂を登るとほどなく坂道が二またに分かれます。ここは攀又といい、おそらく急な坂道をよじ登って行ったところの分かれ道なので、このように呼んだのだと思われます。この分かれ道を市境にそって行き、坂を登りきって少し行った辺りは庚申塚といい、以前は享保2年(1717年)造立の庚申塔がありました。攀又の分かれ道を東方向に行く坂は、現在ゴルフ場になっていますが、ゴルフ場のできる前は、大庭の村中に通じる道で、『新編相模国風土記稿』の大庭村の項に「有藤(宇土宇)坂」とあり、『藤沢の地名』にも「ウトウ坂」と紹介されています。この坂の北側の道(現在の霊園とゴルフ場の間の道)も有藤坂といいますが、いずれの坂も地元では「オトウ坂」と呼ぶことがあるようです。「ウトウ(オトウ)」とは「ウツ」とういう空洞を意味する言葉で、切り通しの坂道が空洞のように感じられことから、湯桶坂や有藤坂と呼ぶようになったといわれています。
[文化資料館ブックレット1  あのみち このみち 歴史みち (根)  ]
イメージ