ちがさき丸ごと博物館

上正寺木造聖徳太子立像

名称 上正寺木造聖徳太子立像 別名 南無仏太子
所在地 小和田2-12-73
概要 昭和49年1月23日市重要文化財指定。上正寺は浄土真宗本願寺派の寺院です。国道1号に面する正門をくぐると、すぐ左側に市指定重要文化財の旧寛永寺石灯篭が据えられ、正面には本堂があります。『新編相模国風土記稿』には寺の縁起を引用して、前身は下寺尾にあった海円院で、建暦(1211〜13)に鎌倉時代の武将佐々木高綱によって小和田に移され、のち高綱が浄土真宗に改宗し、自らは了智房道円と称し、無上正覚寺と改称し開山となったとあります。また、現在の寺名は覚如上人が前号を略して上正寺としたと伝えています。御本尊は阿弥陀如来で本堂の中央に祭られていますが、その向かって右側に、聖徳太子の立像が安置されています。聖徳太子は、十二階冠位を定め、憲法十七条を発布したほか、日本の仏教発展の基を築くなどの偉業を遂げ、かなり早くから神としてあがめられ、長い歴史をとおして敬われています。上正寺の像は、高さ70.8センチ、上半身は裸で下半身には袴(はかま)のようなものをはいています。坊主頭で、胸の前で合掌する姿は、頭が大きく四頭身ほどに見えます。頭や顔を含め裸の部分は真っ黒く見え、袴は朱色に塗られていたと思われますが、今は彩色がかなり落ちています。黒っぽいお顔に玉眼が白く鋭く、厳しい表情です。『茅ヶ崎市史』には「上半身の肌部は素木(しらき)に古色仕上げし、袴は朱彩とする。三道(仏像ののどのしわ)から顎(あご)にかけては近年は補修されている。また、袴の裾は普通ならもっと後ろに長く伸びているのだが、この部分にも修理の手が加わっている。その顔立ちは一般の太子二歳像が童顔のかわいい印象を与えるのに対して、これは少し厳しすぎるようである。室町時代の作とみてよいだろう」と解説されています。聖徳太子の像は古いものでは平安時代からつくられていて、南無仏像、童顔像、孝養像、摂政像、講讃像、騎馬像などがあります。上正寺の像は南無仏像と呼ばれるもので、太子が2歳のとき、東方に向かって『南無物』と唱え合掌すると、手の中から舎利が出たという話しに基づく形です。なお、上正寺の縁起などに、この像は聖徳太子が自ら彫刻したものと伝えられています[ちがさき丸ごと博物館ガイドブック(文化財編)  ぶらり散歩 郷土再発見  ]
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