ちがさき丸ごと博物館

唱導庵跡

名称 唱導庵跡 別名
所在地 矢畑
概要 「登象」のバス停から北へ約200メートルの所に、かつて日蓮宗の延宝山唱導寺がありました。山岡家の一人、直孝の母の発願で、安永4年(1775)に建てられたと記録されています。『新編相模国風土記稿』の浜之郷村の項に、この寺の始まりに関する次のような話が載っています。「昔、妙蓮寺という寺があり、日蓮直筆の巻物を持つ日蓮像を安置していたが、廃寺となって像は江戸に移された。矢畑村の伝兵衛が夢のお告げからこの像を尋ねて江戸に向かった。一方、江戸に住む村の領主の大岡氏も同じ夢を見て、使いを浜之郷に向けたところ、たまたま2人は川崎宿で出会った。ついにこの像を尋ね当てて伝兵衛は持ち帰り、自分の屋敷に小さな庵を建てて安置していたが、後に地頭に願い出て今の地に移した。」
 しかし、今日、この像は伝わっておりません。昭和20年(1945)の平塚市空襲の際に、戦後、寺として復興されたのですが、今は無く、住宅地に変わりました。
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