ちがさき丸ごと博物館

水道みち

名称 水道みち 別名
所在地 寒川町大曲・香川の間門からJR相模線の大山街道踏切の東まで、直線で通り、逗子まで続く
概要 昭和の初め、上下水道と農業用水を茅ヶ崎方面に引く県の計画が相次いで起こりました。この工事は、生活基盤を整備するとともに、昭和初めの不況から脱出するために、工事に伴う賃金労働の仕事を生み出すという2つの目的もありました。上水道は、寒川取水せきから取水し、寒川町から逗子市まで続いています。配水管は、本市域では主に大山街道に埋設しましたが、大山街道の下を通らない部分は用地買収をして、水道管を埋めました。その地上部で、道路として使用を許可された道が、「水道みち」と呼ばれています。水道みちは、寒川町大曲を通り、香川の間門からJR相模線の大山街道踏切の東まで、直線で通っています。ここから水道管は大山街道の下を通り、鶴が台中学校の北側から分かれて、また水道みちになります。相模川左岸用水路・小出県道(県道遠藤・茅ヶ崎線)と交差し、松林公民館の北側から再び大山街道の下を通ります。以前、香川の間門の水道みちは、JR相模線まで両側は田んぼでした。水道みちが田んぼより1mほど高く通り、人通りも少ないので、草で覆われていました。夏は道の草を刈ってたい肥にし、また、子どもが小出川に釣りに行く近道でした。小出県道から東の赤羽根の部分が道路として整備されると、松林小学校に通う子どもたちの通学路になりました。
[文化資料館ブックレット1  あのみち このみち 歴史みち (根)  ]
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