ちがさき丸ごと博物館

高田

名称 高田 別名
所在地 高田
概要 市立病院の北側一帯は、かつて高田耕地と呼ばれる広い水田だったが、宅地開発が始まり、今は東急ニュータウンとしてすっかり変わってしまった。この高田耕地と、そのさらに北側の砂丘上にある高田の昔からの集落は、江戸時代の高田村であった。ニュータウンは住居表示がなされ、高田2〜4丁目となった。高田の地名の由来は、明治初期の「皇国地誌」(こうこくちし)の草稿に載っている。昔、源義家が鶴(つる)を放して遊んでいたところ、何処(どこ)からともなくあらわれたタカに鶴はつかまえられて共に落ちて来た。怒った義家は、持っていた扇でそのタカをなぐり殺し、扇も捨てた。そこでこの地を「鷹(たか)田」と言ったが、その後「高田」と書くようになったとある。里人がその扇を拾ったところを「扇島」といい、扇形の地名で残っていたとも書いてある。扇島は何処だか分からないが、「鶴田」という小字はある。この村は高田耕地の水田がよっぽど良かったものとみえて、田に関する地名が多い。「六斗蒔」(ろくとまき)と言う小字名もあり、それは種モミが6斗(108リットル)まけるたんぼという意味である。昔の記録に「田方」(たかた)と書いたものもあるという。浜方や山方というのと同じ用い方で、田のある所という意味であり、これがここの地名の本当の由来ではないかと思われる。
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