ちがさき丸ごと博物館

高田畊安

名称 高田畊安 別名
所在地 南湖7丁目
概要 南湖院は、医師高田畊安(1861〜1945)が開設しました。畊安は、京都府加佐郡中筋村(現・舞鶴市)で生まれ、明治29年(1896)東京の神田鈴木町に東洋内科医院を開業しました。新島襄に師事してキリスト教の洗礼をうけ、明治25年(1892)勝海舟の孫娘にあたる疋田輝子と結婚しました。結核で兄を失い、自分も同じ病気で転地療養をした体験から、結核の治療に生涯をかけました。明治31年(1898)茅ヶ崎駅が開業された時に、南湖に土地を求め、翌年に南湖院を開院しました。また、公開されていませんが、畊安訳の「イエサヤ豫言/第九章五及六」の一節を刻んだ碑(昭和13年:1938)が太陽の郷敷地内にあります。この碑は、畊安が生前自分の墓石として造り、東京谷中の高田家の墓地に送るはずの所、畊安の死や終戦時の混乱のため現地に残されたままになったものです。
1945年にアメリカ軍の上陸に備えて海軍に接収されるまで、多くの結核患者の治療にあたった。[茅ヶ崎市史ブックレット⑨ 近代茅ヶ崎の群像 ちがさき丸ごと博物館ガイドブック(文化財編)  ぶらり散歩 郷土再発見  ]
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