ちがさき丸ごと博物館

茅ヶ崎

名称 茅ヶ崎 別名
所在地
概要 茅ヶ崎の地名のいわれとして、昔は茅(かや)の生い茂る砂州が海に延びていたからだと書いたものがある。しかしこれは茅という字と、当地が海岸であることに惑わされた考えのようだ。この地名が最初に見える記録は、室町時代半ば文明2年(1470)のもので、「ちかさき」とある。その後、「ちがさき」の「ち」に「茅」という漢字を当てた。横浜にも港北区に茅ヶ崎という所があるけれど、そこは海岸ではない。今の茅ヶ崎市の中には、江戸時代、23の村があった。その一つの茅ヶ崎村は、当時、人口も生産高も一番多い村だった。範囲は、本村、十間坂、茶屋町、鳥井戸、南湖を中心に、北は北茅ヶ崎駅(JR相模線)の辺りから、南は東海岸、中海岸の浜辺までであった。今の市の中心部にあたる。明治22年、それら19村は合併して茅ヶ崎、鶴嶺、松林の3村を作り、同41年には3村が一緒になって、茅ヶ崎町となった。市になったのは、昭和22年、同30年には小出村の中の芹沢、行谷(なめがや)、堤、下寺尾が合併して、今日の市域が出来た。

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