ちがさき丸ごと博物館

茶屋町

名称 茶屋町 別名
所在地 茶屋町
概要 かつての集落名。昔、東海道の宿場(しゅくば)には旅人のためのいろいろな用意があった。参勤交代で自国と江戸を交代する大名たちも、こうした宿場に泊まった。宿場には大名や公家、幕府の役人などが泊まる本陣、脇本陣と、一般の旅人の旅籠(はたご)とがあった。宿場以外で旅人が休む所は、立場(たてば)とか、立場茶屋と言われた。国道1号線沿いに茶屋町といわれている所がある。(現在の南湖1丁目周辺)これは地名ではなく、かつての集落の名前である。江戸時代の記録に「茅ヶ崎地内字南湖立場」とあるのは、この茶屋町のことだ。藤沢の次の宿場は平塚だったから、旅人は、相模川が増水して渡れない時など、ここで休んだと言われている。茶屋町の本陣は、「松屋」、脇本陣は「江戸屋」といった。江戸時代後期の文人、太田南畝(おおたなんぽ)は、享和元年(1801)2月、江戸屋に泊まって、シコイワシのなますと、ショウロ(きのこ)の吸い物を食べ、大変うまいものだったと書いている。茅ヶ崎駅ができる前は、このあたりが町の中心だったようだ。
十間坂1、2、3・南湖1の東海道沿いは、江戸時代に南湖立場があって、その一部は茶屋町とも呼ばれ茅ヶ崎村の中心でした。本陣(松屋)・脇本陣(江戸屋)もありました。茶屋町の街すじは、元祿から享保のころ(1688〜1735)に形成されたといわれています。松屋では明治8年(1875)に「郵便取扱所」を開業しました。この郵便局が、その後業務内容を広げながら場所も移し、現在は警察署の隣にあります。現郵便局の前には開局百年の記念碑が建てられています。
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