ちがさき丸ごと博物館

名称 別名
所在地
概要 北と南を丘陵に挟まれた村で、間に水田があり、その中央を駒寄川(こまよせがわ)が流れている。家々は丘陵の縁にあり、典型的な谷戸(やと)集落である。最近は新しい家もできて、休耕のために荒れた田が目立つ。用水のための大きな水溜りを堤(つつみ)と言うから、あるいはいつの時代にかそのどこかに用水池があったのかも知れない。村の領主、大岡家一族の菩提寺だった浄見寺が堤に今もあり、そこには江戸町奉行をして有名な越前守大岡忠相(ただすけ)の墓石もある。大岡家は徳川家に仕えた旗本で、家康に従って関東に移って来た。そして天正19年(1591)堤村を領地とした。最初ここに館を構え、 浄見寺を建てた。2代、忠政(ただまさ)の時という。その後分家を出し、高田村や浜之郷村、寒川の大曲村を治める一族ができた。毎年4月に行われる大岡祭は、越前守忠相の功績をたたえ、大正元年に従四位が贈られた事を記念して始められたものである。浄見寺には、忠相の書やいくつかの指定文化財がある。
[百科事典用テキストデーター   (根) ]
イメージ