ちがさき丸ごと博物館

鶴嶺地区のむかしみち

名称 鶴嶺地区のむかしみち 別名
所在地 西久保地域周辺
概要 西久保の懐島山宝生寺は、国指定重要文化財の阿弥陀三尊立像(善光寺式)が祭られていることで知られています。この寺の入口の辻には、文久2年(1862年)に再建された道標を兼ねた北向地蔵があり、台座に「右子の権現北一之宮道左南湖」と刻まれています。 今回はこの辻を起点に、いくつかの道を紹介します。地蔵の辻を北へ進むと、西久保の鎮守日吉神社があります。社殿の脇には市内でただ1つの大山道標が残っています。この道標は、神社の北方約400mを通る大山道の辻にありましたが、道路の拡幅工事で現在の場所に移されたものです。昔、日吉神社の道は、北にも延び、民話「カッパ徳利」で有名な大曲橋のたもとで大山道と交わっていました。地蔵の辻を東に10mほど進んだ三差路には、道祖神と万延元年(1860年)の銘がある庚申塔があります。庚申塔の左面には「此方南湖道」と刻まれ、通行人が迷わないよう案内しています。地蔵の辻を西に進むと田んぼの中の道へと続き、新湘南バイパスの下をくぐると小出川に出ます。川を土手沿いに下って萩園橋を渡り、十二天社を過ぎ、産業道路を越えた南側には明治時代初期まで子の権現が祭ってありました。今でも子の権現の旧地は権現といわれています。子の権現は昭和初期まで、現金収入を得るため盛んに飼育された蚕をネズミから守ることや、足腰の病に霊験あらたかということで知られていました。現在、子の権現は萩園の常顕寺の境内に鎮座しています。十二天社の西側の道を北へたどると寒川町の田端バス停横に出ます。ここには安永5年(1776年)に建てられた道標があり、「右馬入みち左なんこ道」とあります。寒川町の一之宮側からこの道標を見て、左側の道(通称八王子道、現在の萩園通り)をたどると南湖へ通じ、右側の道に入ると馬入道です。昔、この道は、馬入の渡し(江戸時代の東海道の渡し場)への近道とされていました。途中には、平太夫新田の八幡宮があります。八幡宮には、平太夫新田を開墾したといわれる松下平太夫の供養塔(宝永2年《1705年》建立)や、六臂青面金剛像としては、市内で1番古い庚申塔(天和3年《1683年》建立)などがあり、その先を堤防沿いに進むと、馬入の渡しがあったところに出ます。このあたりの風景は、『新編相模国風土記稿』の挿絵にも描かれています。
[文化資料館ブックレット1  あのみち このみち 歴史みち (根)  ]
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