ちがさき丸ごと博物館

鶴嶺八幡社

名称 鶴嶺八幡社 別名 鶴嶺八幡宮
所在地 浜之郷142
概要 鶴嶺八幡社の起源についてはいくつかの説があります。その1つでは、平安時代にこの地にあった勝福寺の僧、道印法師が築紫(大分県)の宇佐から八幡大菩薩をもってきて祭ったことに始まるといいます。社殿前の大イチョウは、源義家(八幡太郎)が戦勝祈願して自ら手植えしたという伝承があり、県内でも有数の大木です。県の天然記念物に指定(昭和37年)され、また「かながわの名木100選」にも選ばれています。 戦国時代には、再三の兵火で荒廃しましたが、神社の別当寺、常光院の 朝 恵 という僧が復興を志し、完成して、幕府から御朱印をもらった慶安2年(1649)あるいは同3年に、参道に松並木をつくったという記録があります。上人の墓碑(寛文9年:1669)が、社殿手前参道左手の公園の隅にあります。

[祭神名]誉田別命/大鷦鷯尊
[旧村名]浜之郷村
[氏子の範囲]浜之郷
[祭礼]9月15日
[その他]『皇国地誌草稿』には、口碑に源頼義が東征のとき、石清水八幡宮を模して懐島郷の本社丘(矢畑)に神社を建てた。その後源義家が現在地に奉還したが、または治承年間、源頼朝が鎌倉の鶴岡に移したので、旧本社を八幡宮といったとある。/『風土記稿』には、「慶安2年8月社領7石の御朱印」、佐塚明神が並んであり、6月29日に例祭、浜降りといい、茅ヶ崎村海岸まで出輿したとある。/9月15日の祭りには神楽があり、余興に芝居をしたという。現在、境内には淡島神社、鉾宮神社、稲荷神社が祀られている。
 参道、太鼓橋、池、拝殿などの在り方は、鎌倉市の鶴岡八幡宮の配置によく似ていて、それを小型化したようになっています。
鶴岡八幡宮に似ているのは、鎌倉時代に、この地域を領した懐島景能と大いに関係がある。[ちがさき丸ごと博物館ガイドブック(文化財編)  ぶらり散歩 郷土再発見  文化資料館ブックレット1  あのみち このみち 歴史みち   ]
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