ちがさき丸ごと博物館

東海道沿いの伝説

名称 東海道沿いの伝説 別名
所在地 市内各地域
概要 東海道沿いにはさまざまな伝説があります。まず最初は、姥島(烏帽子岩)のお話です。昔、京都のあるお公家さんが東海道を下り、小和田・菱沼村内にある牡丹餅立場の茶屋で休みを取りました。この辺りは、東海道の高みの頂上にあり大変見晴らしが良く、茶屋から海まで見通すことができたそうで、海にはうば島が見えました。お公家さんは茶屋のばあやに「あの島は何という島で、どこのものか」と尋ねました。ばあやは「あれはうば島といい、小和田のものにございます」と答えました。するとお公家さんは筆を取り、相模なる小和田の浦の宇婆嶋は 誰をまつやらひとり寝をする と詠んで短冊に書き、茶屋に残して去りました。何年かたち、伊豆の漁師たちが、陸地から1里(約4?)以上離れている小島はすべて伊豆の国のものであるから、うば島も伊豆のものだと主張してきました。村の人たちは困りましたが、茶屋に残る短冊を思い出し、そこに「小和田の浦のうば島」とあったことから、取られずに済んだということです。(『小和田郷土物語』より) この歌を彫った歌碑が、小和田2丁目の熊野神社の拝殿の横に立っています。 次は、車地蔵のお話です。本村1〜4丁目の辺りは、昔からの家々が集まる一画です。昔、ここにおかねという娘がいて、ある若者と愛し合っていました。ところが若者が心変わりをして、ほかの娘と一緒になったことから、おかねは若者の家に火を放ちました。放火は重罪で、おかねはとがめられて火あぶりの刑になりました。ところが、それから夜になると車を引くような「ギー、ギー」という叫び声が村中に響くようになりました。これは、おかねの霊が迷っているからだということから、地蔵を作り、車地蔵と名付け供養したところ、不思議な叫び声はなくなったということです。 車地蔵は、本村4丁目にある海前寺の墓地の一画に今も祭ってあり、覆屋のなかに5体並んでいるうちの1体がそれといわれています。また、国道1号の千ノ川に架かる鳥井戸橋と小出川に架かる下町屋橋の間に、神明神社があります。昔、ここに阿倍晴明が掘ったといわれる井戸があり、晴明井戸と呼ばれていました。阿部晴明は、平安時代の陰陽師で、いろいろな不思議をなしたといわれている人物です。井戸は、昭和10年代初頭に国道が拡幅されたときに、道路に取り込まれ、今は残っていません。 さらに西に進み、国道が産業道路と交差する辺りに、何どき橋がありました。辺りは寂しいところで、夜中に橋を渡っていると、橋の下からぼんやりと女性が現れ、「今、何どきですかー」と聞くのだそうです。恐ろしくてもそのまま時刻を答えれば何ごともなく、答えず慌てて逃げ出すと、必ず災難が降り掛かったと伝えられています。
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