ちがさき丸ごと博物館

藤間柳庵

名称 藤間柳庵 別名
所在地 柳島1丁目
概要 藤間家13代の藤間柳庵は、本名を善五郎といい、享和元年(1801)に生まれました。9歳のころから書を習い、読書を好んだ父の影響を受けて11歳から学問を始め、江戸に出て学んだといいます。書家秦星池に学んだという書は、その見事な筆跡が彼の記した『家脈弔祭記』『雨窓雑書』『太平年表録』などに残されています。名主としての公務を務めたほか、家業の回船業では観音丸・不動丸などを所有し、江戸はおろか、北は仙台、石巻、西は遠州灘、熊野灘から遠く瀬戸内海にまで活躍しました。明治16年(1883)永眠。昭和55年に「かながわの100人」に選ばれています。柳庵の墓は柳島の善福寺に、また顕彰碑「藤間柳庵之碑」(昭和58年建立)が柳島八幡神社境内にあります。藤間家の玄関脇には柳庵の家訓碑「身代は預かりものとこころえて先づ冨やすよりへらさぬがよし」(安政4年:1857)があります。また同家のキャラボクは、市指定(昭和61年)天然記念物で「かながわの名木100選」にも選ばれています。[ちがさき丸ごと博物館ガイドブック(文化財編)  ぶらり散歩 郷土再発見 ]
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