ちがさき丸ごと博物館

徳本名号塔

名称 徳本名号塔 別名
所在地 茅ヶ崎市内全域でのすべて浄土宗の寺
概要 「南無阿弥陀仏 徳本(花押)」と独特の書体で書かれた名号塔が、市内に4基あります。この徳本名号塔は、信濃、伊豆、駿河などにもあり、相模にも百基程度はあると思われます。徳本上人が念仏を唱えて行くところに信者が集まり、上人は名号を書いて与え、信者がそれを石に刻んだものです。徳本上人は、宝暦8年(1758)、紀伊国(和歌山県)日高郡の生まれです。天明4年(1784)に出家し、各地に草庵を結び、苦行すること多年、わずかに「阿弥陀経」を習うのみで、念仏の悟りを開いたといいます。享和年間に江戸に出て小石川伝通院に入り、文化11年(1814)に小石川の一行院再興にあたって中興開山となりました。諸国を歩き、各地に念仏講を広め、文政元年(1818)、61歳でこの世を去りました。徳本上人は浄土宗の僧ですが、寺を拠点とするよりは、民衆を直接相手に講を開きました。名号塔は便宜上寺院に置かれたため、いろいろな宗派の寺院にありますが、茅ヶ崎ではすべて浄土宗の寺にあります。下赤羽根・薬師堂の名号塔は、高さ192センチ、幅39センチです。赤羽根の世話人15人の名前と、四ツ谷(よつや)・二ッ谷(ふたつや)・折戸・円蔵・柳島・辻堂・甘沼・高田・茅ヶ崎・小和田・菱沼など各地の世話人と信者の数が彫られています。文政3年(1820)の建立です。下町屋・梅雲寺のものも文政3年建立です。高さ147センチ、幅30センチで、41人の世話人の氏名が彫られています。中赤羽根・西光寺のものは、側面に「今上皇帝 天下御代々 大名小名 御武運 長久 ?所 三界万霊等」と彫られています。高さ222センチ、幅30センチで、文政5年(1822)の建立です。もう1つ、烏井戸・西運寺のものは、無縁墓石の中心にあるかすかに高い塔で、台石はなく、塔身があるだけです。それぞれの碑文によると、当時は各地に信者が広がっていたようですが、現在、市内では講はすべてなくなっているようです。
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