ちがさき丸ごと博物館

どんどん塚

名称 どんどん塚 別名
所在地 円蔵 生慶田1373
概要 大山街道を高田・円蔵とすぎて西久保分に入ると左手(海側)の砂丘の上に塚があった。大山へ参詣の人々がこの塚の側を通る時、地底がドンドン鳴って人々を大そう驚かしたという。一節にかの大庭城の守りの堅かった時分、城を巡る掘に水を満たしておいたのを、ある時期に排水してその時の水あかがはねたので赤羽根という地名ができたとか、また奔流した水が高田をすぎ、この塚のあたりから水田にドンドンと音を立てて流れ落ちたので塚の名前になったという「大山参詣の人々がこの塚の側を通過すると、どんどんと鳴りて行人を驚かしたりと言い伝う」(『郷土誌』)。登るときどんどんとひびいたという。
[種別]塚 集落址
[立地]東西方向に形成された砂丘
[範囲]東西100m×南北50m
[分布状況]微量
[現況]宅地、一部畑地
◎塚は消滅
[備考]
[遺構]竪穴住居址
[遺物]縄文土器(中・加曽利E)、弥生土器(後)、土師器(古)
[保管場所・責任者]茅ヶ崎市文化財収蔵庫 茅ヶ崎市教育委員会教育長
[時代]縄文時代、弥生時代、古墳時代
[(山口金次 「茅ヶ崎の伝説(どんどんつか)」『資料館だより』9 昭和49年) 『郷土誌』 聞き取り [文献]昭和55年茅ヶ崎市史3巻 1995年(平成7)第6回発表要旨(下水) 1995年(平成7)平成6年度社会教育(下水)]
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