ちがさき丸ごと博物館

南湖のやせ地蔵

名称 南湖のやせ地蔵 別名 身代わり地蔵
所在地 南湖5丁目
概要 地蔵菩薩(ぼさつ)は、釈迦(しゃか)入滅後弥勒(みろく)菩薩がこの世に現れるまでの五十六億七千万年の間に人々を救済するといわれています。平安時代後期より極楽浄土の信仰が盛んになると、死者が冥土(めいど)におもむいて地獄の閻魔(えんま)の裁きを受けてひどく苦しむのを救うものとして、広く信仰されました。近世になると、地蔵菩薩は火防、盗難除(よけ)、病気平癒(へいゆ)など、庶民のあらゆる願いをかなえる仏として信仰を集め、「子安地蔵」「延命地蔵」など各種の地蔵尊がつくられました。現在でも市内各所に約百体のお地蔵さまが祭られています。南湖5丁目の三橋松五郎さん宅地内に「やせ地蔵」と呼ばれる地蔵尊があります。現在のものは2代目のもので、高さ約1メートルの丸彫りのお像です。三橋さんの話では、3代前の家の人が敷地内の松林を開墾したところ、たくさんのお骨が出土しました。これを丁寧に集め、敷地内に日の昇る方角の所に納骨し、その上に地蔵尊を祭り供養を続けました。明治24年(1891年)、南湖地区に大火が発生し、地区の人家の大半が焼失しました。ところが、焼け野原の中にぽつんと三橋家の地蔵尊だけが無傷で残りました。この不思議な出来事は、人々の心に強く焼き付き、以来、暴風雨や悪病がはやったとき、この地蔵尊に無事を祈願するようになりました。南湖に異常な出来事が起こる前や、願いがかなった後、この地蔵尊がやせることに人々は気付きました。こうしたことが近郷近在に広まり、三橋家の地蔵尊はさらに信仰を集め、「やせ地蔵」「身代わり地蔵」と呼ばれるようになりました。今もお礼参りや祈願のために地蔵尊を訪れる人は後を絶たず、草花が供えられ、線香の香りとともに、約200年の歴史がひっそりと語り継がれています。
[ちがさき丸ごと博物館ガイドブック(文化財編)  ぶらり散歩 郷土発見  (根)]
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