ちがさき丸ごと博物館

日蓮上人の像(萩園常顕寺)

名称 日蓮上人の像(萩園常顕寺) 別名
所在地 萩園1441
概要 満福寺の南隣が常顕寺です。日蓮宗で山号を本立山といい、元応~正中年間(1319~26)に創建されたと伝えられ、鎌倉の妙本寺を本寺としています。本堂に祭られる日蓮上人の坐像は、室町時代の大永7年(1527)の銘を持つ古いもので、平成8年11月、市重要文化財に指定されました。明治7年(1874)、この寺に「萩園学校」(当初は詳恭学舎)が設けられ、同10年(1877)に今宿に「台学校」ができるまで続きました。それを記念する碑が本堂前にあります。
昭和51年から始められた茅ヶ崎市史編さんのための仏像彫刻の調査で、室町時代の年号銘のある日蓮上人の木像が、市内の3つの寺から見つかりました。この3体の像は、市内では古い年号銘を持つ彫刻として重要なうえ、年号銘を持つ全国の日蓮象のリストに照らし合わせても、古い方からの十指に含まれるものでした。3体のうち1つは今宿の上国寺に祭られる像です。この像は、小太りの丸々とした感じで、彩色されています。高さ30センチほどの坐像で、寄木造(よせぎづくり)のために空洞になっている頭の内側に「永正十一年」(1513、室町時代後半)の銘があります。2体目は萩園の常顕寺の像です。高さは29センチ、厳しい表情の、風格を感じさせる像です。台座の天板裏に向かって右から「敬白 願主/大永七年丁宛四月十八日/小田原 徳乗房/日盛(花押)」と墨書銘があります。大永7年は西暦1527年で、室町時代後半に当たります。3体目は今宿の信隆寺の像です。像の高さは約42センチあり、3体の中では最も大きいものです。寄木造の体の内側に「永禄七年」(1564、室町時代末期)の年号銘とともに、明治時代初期まで今宿にあった仏国寺の僧がつくったという墨書銘があります。市内にこのような貴重な日蓮像があることについて、茅ヶ崎市史には「日蓮宗の根拠地である身延山と武蔵国・本門寺や鎌倉とを結ぶ線上にある茅ヶ崎だけに、日蓮宗寺院が多く、日蓮像も多いのが当然だが、それらのなかに、全国的にみても、かなり古い歴史を有するものがあるのは貴重といえよう」と述べられています。 (根)
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